小さな袋を、8年つくり続ける理由。YM SacocheからYM Sacoche Liteへ
サコッシュは構造だけを見ればとても単純な道具です。袋があり、ファスナーがあり、肩から下げるためのストラップがある。けれど、単純な道具ほど、何を残して何を削るのかがはっきり表れます。
容量を増やせば揺れやすくなり、ポケットを増やせば使い方を決めすぎてしまう。軽さのために必要な強度や使いやすさまで失えば、道具として長く使うことはできません。
MOUNTDOORは2018年から、この小さな袋をつくり続けてきました。最初の名前は「山町サコッシュ」。その後「山」と「町」の頭文字を取ったYMシリーズへ整理され、YM Sacocheとなり、2024年にはもう一つの形としてYM Sacoche Liteが加わりました。
8年間で素材も構造も変わりました。しかし、変えていないものがあります。それは、山でも町でも、必要なものを行動の邪魔にならない位置に置いておくという考え方です。
2018年、「山町サコッシュ」から始まった
山町サコッシュを最初にリリースしたのは2018年6月です。山や日常で感じていた小さな不便を、自分の手で解決しようとしたことが始まりでした。
初代の大きな特徴は、前面の巾着型メッシュポケットです。中身が見える。濡れたグローブや折りたたみ傘を、そのまま入れられる。砂や埃、水分が底に溜まりにくい。ドローコードを引けば、中身を押さえながら本体にも適度なテンションをかけられる。単なる装飾ではなく、いくつもの役割を一つの構造にまとめたポケットでした。
濡れたものと濡らしたくないものを分け、グローブや行動食をすぐ取り出せれば、立ち止まる回数を減らせます。仕事で使っていたトートバッグの前ポケットから得た着想を、山の道具へ置き換えた構造です。日常で本当に使いやすかった経験が混ざっている。この時点で、すでに「山町」の考え方が入っていました。
揺れを抑え、行動を止めないためのYM Sacoche
YM Sacocheは収納量だけを求めたものではありません。身体に沿わせるショルダー構造や三点留めなど、行動中のストレスを減らす機能を重ねました。
サコッシュは歩いているだけなら便利でも、屈む、走る、岩場で足を上げる、自転車に乗るといった動作では、身体の前で振られることがあります。そこで三点目を身体側へ留め、メッセンジャーバッグのように固定できるようにしました。日帰りの山行だけでなく、急登や鎖場、子どもと遊ぶ日常まで、使う人の動きに追随させるための機能です。
前面、仕切り、内側という複数の収納も、持ち物を細かく分類するためだけに設けたものではありません。使用頻度の高いもの、濡れてもよいもの、落としたくないものを分け、必要なものへ迷わず手を伸ばせるようにするためでした。YM Sacocheは、しっかりした容量と整理性、そして動くための固定力を持つ方向へ育っていきました。
完成品ではなく使いながら更新する道具
2019年の記事には、山町サコッシュを「皆様に成長させられた道具」と書いています。それは今も変わりません。
胸の高い位置で使う人も、腰まで下げる人もいる。右掛けと左掛け、山と町でも、同じ構造に感じる不便は異なります。自分だけでは見過ごすことを、使い手の言葉が教えてくれました。
もちろん、寄せられた声をそのまま足していくわけではありません。一つの要望を追加することで、別の使い方を損なわないか。重量や強度、縫製の安定性との釣り合いが取れるか。実際に使ったとき、本当に以前よりよくなるのか。MOUNTDOORのフィルターを通し、必要だと判断したものだけを更新してきました。
X-PACの表面と衣服との擦れを見直して素材を変えたこと。中身が見えにくかった高さを削ったこと。ポケット素材やストラップの接続を変えたこと。外からはわずかな差でも、何時間も使えば違いは現れます。
「大きい」という声を欠点として処理しなかった
YM Sacocheを長く販売するなかで、「自分には少し大きい」という声が届くようになりました。
この言葉だけを受け取れば、本体をそのまま縮小するのが最短です。しかし、YM Sacocheには、容量を生かした複数のポケット、濡れ物を受け入れるメッシュ、動きを支える三点留めがあります。寸法だけを小さくすれば、それぞれの使いやすさが崩れ、YM Sacocheのよさまで失う可能性がありました。
そこで、YM Sacocheを小さくするのではなく、別の目的を持つサコッシュを一から考えました。それが2024年に加わったYM Sacoche Liteです。
YM SacocheとLiteは、新旧の関係でも、上位・下位の関係でもありません。しっかり持ち、整理し、動くためのYM Sacoche。必要なものを絞り、より小さく軽快に持つYM Sacoche Lite。使う場面と持ち物から選ぶ、二つの答えです。
YM Sacoche Liteはただ小さくしたモデルではない
Liteでは初代から続く斜めに切り替えた前ポケットの表情を受け継ぎながら、構造を組み直しました。
前面はUltraGridの一枚ポケット。わずかにマチを持たせ、開口部のバンジーコードを引くことで中身を押さえられます。雨水が入り込んだときに排出しやすいよう、底には水抜きのハトメを設けました。
メイン収納の内側にはスナップボタン付きの仕切りポケットとキーフックを配置しています。
すぐ出したいもの、表から見せたくないもの、落としたくない鍵を、少ない区画で自然に分けられる構成です。ポケットを増やしすぎず、使う人が持ち物に合わせてラフに使えることを優先しました。
ストラップは、肩に触れる20mm幅のテープと細いダイニーマコードを組み合わせています。左右の掛け方に合わせて接続を入れ替えられ、長さも調整できます。一方、YM Sacocheを象徴していた三点留めは、Liteでは2024年モデルから設けていません。機能を残すことより、このサイズと用途に本当に必要かを優先した結果です。
軽さは目的ではなく持ち方を整えた結果
現行の商品ページに記載しているLiteの本体重量は素材によって約67〜84g。
ショルダーストラップを含まない数値です。
しかし、YM Sacoche Liteを重量だけで語りたいとは考えていません。
そもそもサコッシュの原型はロードレースで補給食を渡すための袋です。すべてを運ぶのではなく、必要なものを必要な時間だけ持つ。その本質は現在のLiteにもつながっています。
軽いバッグを選んでもその分だけ荷物を詰め込めば、肩への負担は増えます。
Liteは最大量を運ぶ袋ではなく今日必要なものを選ぶための道具です。商品ページでは1L程度まで収納できる例を紹介していますが、使いやすさを考えた推奨は1L未満、持ち物の量としては500ml前後です。理想荷重も600g以内としています。
どこまで入るかより歩いたときに揺れないか、肩にコードが食い込まないか、無理なく取り出せるか。その状態を保てる量が適量です。軽さとは、持ちすぎない状態まで含めて設計することだと考えています。
素材の防水性と製品としての防水性は分けて考える
Liteの本体にはECOPAKポケットにはUltraGridファスナーにはYKKアクアガードを採用してきました。2026年のモデルでは、ECOPAK200Dに加えて、本体にUltra200Xを使う仕様も初めて用意しています。素材は世代ごとに変わっても、軽さ、しなやかさ、耐久性、触れたときの表情を、用途に合わせて選ぶ姿勢は同じです。
ここで誤解してほしくないのは、防水性のある生地を使っていることと、製品全体が完全防水であることは同じではないという点です。縫い目にはシーム処理を施していないため、長時間の雨では水が浸入する可能性があります。スマートフォンや財布など、濡れて困るものは個別に防水してください。素材の名前を並べて性能を大きく見せるより、できることとできないことを正確に伝えることも、道具を長く使っていただくために必要だと考えています。
MYOGから受け取った価値観を自分たちの形へ
MOUNTDOORのものづくりは、完成された工業製品を分解して、外見だけを小さく軽くすることから始まったのではありません。自分が欲しいものを考え、ミシンを踏んで形にし、山と日常で使い、気になった部分を縫い直す。そこにはMYOGから受け取った価値観があります。
ただし、MYOGらしく見える素材を使うことが目的ではありません。個人の必要から始まった道具を、ほかの人にも安定して使ってもらえるところまで整える。その過程で、使い手の経験を受け取りながら、最後はMOUNTDOORとして判断する。YM SacocheとYM Sacoche Liteは、その繰り返しから生まれた一つの答えです。
大規模な開発設備がないからこそ、使うこと、縫うこと、届けた後の声を聞くことを省略しない。数字や素材名では拾えない違和感を、次の型へ反映します。
山でも、町でも。必要なものだけを手元に
低山ではスマートフォン、財布、鍵、サングラス、行動食を入れる。旅先では必要なものだけを身体の前へ置き、町ではストラップを外して整理用ポーチにする。Liteの役割は場所を限定せず、その日の行動に必要なものを手元へまとめることです。
一方で、もう少し容量が必要で、濡れたものを分け、動きの大きい場面でも固定したいなら、YM Sacocheの方が合理的です。どちらが優れているかではなく、何を持ち、どう動くか。道具の選択は、そこから始まります。
2018年に山町サコッシュをつくったときも、2024年にLiteを加えたときも、目指していたのは流行の形ではありませんでした。山と町を行き来する自分たちの生活のなかで、使うたびに感じる小さな不便を減らすことです。
YM SacocheもLiteも、これで永遠に完成とは考えていません。ただし、変えること自体も目的にしません。使い続けて見えた理由に納得できたときだけ更新する。これからも使ってくださる方と、この小さな道具を育てていきたいと思います。

